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大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)6427号 判決

原告

西田秀文

原告

西田和廣

原告

妹尾京子

右三名訴訟代理人

岡田隆芳

被告

大阪府

右代表者知事

黒田了一

右指定代理人

岡本富美男

外三名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

〈前略〉

一  請求原因

1  事故の発生

原告らの母訴外亡西田文子(当時六六才、以下文子という。)は次の交通事故により事故の翌日死亡した。

(一) 日時 昭和五〇年六月二四日午後四時二五分頃

(二) 場所 大阪市東淀川区島頭町四一番地島頭交差点(以下、本件交差点という。)

(三) 事故車 普通貨物自動車(登録番号大阪四四ひ八九四七号)

右運転者 訴外山下平吉(以下、山下という。)

(四) 被害者 文子

(五) 態様 本件交差点を南北に通過する道路(以下、南北道路といい、東西に通過する道路を東西道路という。)を横切るための横断歩道(以下、東西横断歩道という。)のうち、交差点北側にある横断歩道(以下、本件横断歩道という。)を東から西に向つて横断中の文子が、本件交差点を南から北に通過しようとして進行してきた山下運転の事故車に衝突、はねとばされた。

2  被告の責任

(一) 本件交差点には自動感応式で系統制御されている車両用および歩行者用の各信号機が設置されており、被告はその管理者である。

(二) 文子の前記死亡事故(以下、本件事故という。)は、以下に述べるように被告の右信号機の管理の瑕疵に起因するものであるから、被告は国家賠償法二条一項により、本件事故によつて生じた後記損害を賠償すべき責任がある。〈以下、事実省略〉

理由

一請求原因1項(事故の発生、ただし、衝突地点が本件横断歩道上か否かは措く。)および同2項(一)(本件交差点に原告ら主張のような信号機が設置されており、被告がその管理者であること)は当事者間に争いがない。

二〈証拠〉を総合すると次の事実が認められる。

1  本件交差点は、豊里大橋方面から上新庄町方面に通じる南北道路と小松南通方面から阪急電鉄上新庄駅方面に通じる東西道路とが直角に交差するところである。南北道路は、歩車道の区別のある直線の平担なアスフアルト舗装道路で、その車道部分は、幅員が本件交差点の南側で約一六メートル、北側で約二三メートルあり、その中央には後記のとおり中央分離帯が設けられ、これによつて南、北各行車線(各車線とも本件交差点の南側が幅員約7.5メートルで二車線、北側が幅員約一一メートルで三車線に区分されている。)に分離されている。東西道路は、歩車道の区別のない幅員約一一メートルの平担なアスフアルト舗装道路で、中央線によつて東、西各行通行帯が区分されている。

2  本件交差点付近は、店舗、ビル等が建ちならぶ賑やかな場所で、交通量も多く、南北道路のそれは、大阪府警察本部の昭和五〇年交差点調査に基づく交通量統計表によると、昭和五〇年五月二六日午前七時から午後七時までの一二時間に、本件交差点の約七〇〇メートル北側の上新庄交差点(本件交差点から同交差点までは一本道で、この間に南北道路と交差する幹線道路はない。)から南北道路を南下し、本件交差点方向に進行した車両台数が一万二三三七台、逆に本件交差点方向から南北道路を北上して上新庄交差点を通過した車両数は一万二〇二九台であつたとされている。本件事故当日の午後五時一〇分から五時二〇分までの間に実施された実況見分時の交通量は、一分間に南北道路四〇台、東西道路一五台であつた。なお本件交差点付近は駐車禁止の規制があり、最高制限速度は時速四〇キロメートルである。

3  本件交差点には、その南北両側(その間隔は約17.4メートル)に南北道路を横断するための東西横断歩道が、また、その東西両側(その間隔は約二六メートル)に東西道路を横断するための南北横断歩道が設けられており(その幅員は各横断歩道とも約四メートルである。)、さらにその外側約二メートルのところに停止線が引かれている。なお、本件横断歩道を横断するには普通の歩行速度で約二〇秒を必要とする。因みに検証の際の実験では通行人深谷イト(七一才の女性)は、二一秒で横断している。

4  南北道路の中央には、本件交差点内およびその南北両側の東西横断歩道部分を除いて、高さ約0.2メートルのコンクリート沿石に囲まれた幅員約一メートルの中央分離帯(その中心には、道路と平行に鉄の柵がたてられ、ところどころに植樹がなされている。)が設けられており、そのうち本件横断歩道の北側に接する部分は約二メートルにわたり前記鉄柵などがなく、平担な島状となつている。なお、右の島状の部分には特に防禦壁等が設けられているわけではなく、また、安全地帯の表示はない。

5  本件交差点の信号機は、本件交差点の約五〇メートル南側の瑞光本通二丁目交差点の信号機を親としてr連子機により同信号機と連結され、系統制御されているもので、交通量の変化に応じた交通規制を行なうため、南北車両用信号の青色、東西車両用信号の赤色および全歩行者用信号の赤色の各表示時間が自動的に変化するよう設置されていたが、それ以外の信号の表示時間および全赤時間は、左記のとおり固定されていた。

南北車両用信号の黄色 四秒

同       赤色 三六秒

南北歩行者用信号の青色 二六秒

同        青色点滅 六秒

東西車両用信号の青色 三〇秒

同       黄色 四秒

東西歩行者用信号の青色 二四秒

同        青色点滅 六秒

全赤 二秒

なお、本件事故当日の午後五時一〇分から五時二〇分までの間に実施された実況見分時の信号表示時間は、南北車両用信号の青色が一一三秒、東西車両用信号の赤色が一一九秒であつた。

6  本件事故当時、本件交差点においては、歩行者用信号機はすべて故障のため滅灯していたが、車両用信号機はすべて正常に作動していた。

本件交差点の西行車両用信号機の支柱は交差点南西隅東西道路の南外側に立てられているけれども、その信号灯は、横腕により幾分北側東西道路上に張出しており、本件横断歩道東詰からみるとある程度左斜前方に位置することになるけれども、それは、そこから西への横断歩行者にとつて特に見にくいという程のものでもない。

7  山下は、事故車を運転して前記瑞光本通二丁目交差点を東から北に右折通過し、南北道路の北行第一車線(歩道寄りの車線)を北進して本件交差点を南から北に通過しようとしていたが、右瑞光本通の交差点を右折した直後南北道路第一線上の本件交差点南詰の停止線の南方約三〇メートルの地点(甲第六号証の実況見分調書添付の交通事故現場の概況(三)現場見取図――以下、見取図という――に表示された①地点である。以下、①地点という。)において、本件交差点の南北車両用信号機が青色を表示しているのを確認したため、時速約三〇キロメートルでそのまま進行し、本件交差点南側の東西横断歩道付近(見取図に表示された②地点である。以下、②地点という。)にさしかかつた際、本件横断歩道の北側約二メートル付近を東から西に向け横断中の文子を、自車の右斜め前方約27.5メートル、中央分離帯から西に約一メートル離れた地点(見取図に表示された地点である。以下、地点という。)に発見した。しかし、文子が一瞬事故車の方向に視線を向けたような感じがしたことから、同女は事故車の接近に気付いており、事故車より先に横断を完了してくれるものと考え、同女の後方を通過できると判断して事故車の速度を時速約二〇キロメートルに減速したのみで、文子の動静に注意しないまま漫然と進行したため、約26.4メートル進行して北行車線の第二通行帯に入り本件横断歩道をこえようとしたところ(見取図に表示された③地点である。以下、③地点という。)で事故車の左前部ボンネツト付近を同女に衝突させた。

一方、文子は、左手に買物籠を持ち、右手にカサをさげ、ややうつ向きかげんで本件横断歩道の北側付近を横断歩道に沿つて東から西に歩行横断していたが、前記中央分離帯を越え、北行車線の第一通行帯と第二通行帯を区分する白線上付近(本件横断歩道の北端より北に約1.4メートル、前記中央分離帯の西端より西に約7.2メートル、したがつて、南北道路の車道部分の東端から約19.2メートル西方の地点。見取図に表示された地点である。以下、地点という。)まで進んだところで、事故車に衝突、はね飛ばされた。

原告らは、本件交差点の歩行者用信号機は本件事故の約二か月前から滅灯したままになつていたと主張するけれども、これにそう〈証拠〉は、措信することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。ところで、右信号機が何時から滅灯していたかについては、これを確定するだけの的確な証拠はないが、前掲乙第三号証および弁論の全趣旨を総合すると、右信号機については、これより先の昭和五〇年四月にも同じように全て滅灯し、被告の職員が制御器内の復帰ボタンを押して正常に復させたことがあつたこと、その際、右故障の原因については、一応制御器自体の異常であると考えられたが、右のように復帰ボタンを押すことによつて正常に作動するようになつたことから、特にその時点では抜本的な故障原因の究明はなされなかつたこと、今回も、事故後被告の職員が制御器内の復帰ボタンを押すと、信号機は正常に作動するに至つたことから、本件事故当時の滅灯の原因も、以前の場合と同様制御器内の異常と考えられること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

〈証拠判断略〉

三ところで、

1  平面交差点に設置された一個の信号機により車両および歩行者の双方の交通整理がなされている場合には、その信号に従つて車道を横断する歩行者は、その対面の信号が青色を表示しているときは歩行することができるのであつて、次の青色信号まで待たなければならないものではない。そして、対面の信号が青色を表示しているときに歩行者が横断を開始し、その途中で信号の表示が黄色になつた時、渡り切る距離と引き返す距離のうち短かい距離を安全に歩行(速かに)することのできるだけの時間的余裕(厳密には、引き返す場合の引き返すとの判断、方向転換等に要する時間も加味して考慮されなければならない。)が黄色と全赤の合計表示時間には必要であり、歩行者の安全のため、必ずやこの時間は設けられなければならない。

そして、このことは、車両用信号機と歩行者用信号機とが設置されている場合の歩行者用信号機の現示配分についても、「黄色になつた時」を「青色点滅になつた時」と、「黄色と全赤の合計表示時間」を「青色点滅の開始時から全赤終了時までの時間」と、置き換えて、そのまま妥当するところである。

2  平面交差点に車両用信号機と歩行者用信号機とが設置されているときは、その信号の現示配分は、前者についてはもつぱら車両通行の優先権の時間的割振りという見地から、後者については横断歩行者の安全な横断の機会の確保という見地から、設定されているものと考えられる。そして、右二つの信号機の設置は、当該交差点における道路の幅員、人車の交通量等にかんがみその必要があるとする設置者の判断に基づいてなされているものであつて、通常、車両の交通容量の低下の回避という考慮が働いて設定される車両用信号の現示配分が、前記のような見地から設定される歩行者用信号の現示配分にとつてかわるに適切なものではありえないことは、見易い道理である。

3  車両用信号機と歩行者用信号機とが設置されていて前者のみが正常に作動し、後者は故障滅灯しているという場合には、車両は前者の信号に従つて交通するから、歩行者も、必然的に、これに従つて横断せざるをえないことになるが、そのような場合には、さきに2で述べたところから考えれば、車両用信号機の現示配分によつても例外的にさきに1で述べたとおりの横断歩行者の安全のための時間が確保されることとなるような場合か、あるいは、横断歩道の途上に容易に避難しうる一見明瞭な安全地帯が設けられていて同様の見地から横断歩行者が少なくともそこまで安全に到達しうる時間は確保されているとみうるような特段の事情が存する場合でないかぎり、現在の交通事情のもとでは、重大な事故が発生する危険があるといわなければならない。そして、信号機設置の目的は交通の円滑と安全を図るところにあり、それは管理者の保守点検により正常に作動していてはじめて達せられるものであるから、歩行者用信号機が故障滅灯しているため歩行者が車両用信号に従つて横断せざるをえないような場合にも、さきに1で述べたような見地に立つかぎり、車道の横断歩行者は、その対面の車両用信号が青色を表示しているときは歩行することができるといわなければならないことになる。

したがつて、車両用信号機は正常に作動しているが歩行者用信号機は故障滅灯しているという場合には、さきに述べたような例外の場合や特段の事情の存する場合は別として、信号機の管理に瑕疵があるものといわなければならない。

4  そして、既に述べたところからすれば、右3に述べたような信号機の管理の瑕疵がある場合に、これと車両用信号に従つて横断歩道を横断した歩行者に生じた事故との間に因果関係があるといいうるのは、歩行者が、横断歩道上、そこからであれば、引き返すとの判断等に要する時間をも含めて、対面の車両用信号の黄色と全赤の合計表示時間内に、安全にもとに引き返すことができる限界の地点から、そこからであれば同様の時間内に安全に渡り切ることができる限界の地点までの間を横断歩行している間に、対面の車両用信号が黄色に変つた場合であるというべきことになろう。

四そこで右三に述べたような見地から、右一で認定した事実に基づいて、まず、本件交差点の信号機の管理に瑕疵があつたか否かについて判断する。

1  本件横断歩道を普通の速度で歩行横断するには約二〇秒を要するところ、東西歩行者用信号の青色点滅は六秒間で、これが赤色に変つてから六秒後に南北車両用信号が青色に変ることになつていたから、経験則上、信号の変化を見て引き返す判断をし、ついで一八〇度方向転換をして歩き出すまでには少なくとも一秒は必要であることを考慮に入れても、歩行者用信号機が正常に作動していれば、歩行者の安全な横断の機会は確保されていたことになる。

2  次に、東西車両用信号の表示に従つて本件横断歩道を東から西へ横断する場合について考えるに、東西車両用信号が黄色に変つてから南北車両用の信号が青色に変るまでの時間は六秒であるところ、途中から引き返すためには、南行車両は対面信号が青色に変つた直後に本件横断歩道に到達する(それ以外の車両を考慮する必要はない)から右六秒程度の余裕しかなく、また、そのまま渡り切る場合には、被告の主張する南北車両用の信号が青色に変つてから北行車両が本件横断歩道に到達するまでの所要時間、南詰停止線から本件横断歩道の南側の線まで約23.4メートルを時速約二〇ないし三〇キロメートルで進行するものとみて約4.2ないし2.8秒を加算すべきものとしても、そこには約10.2秒ないし8.8秒程度の余裕しかない(それは、本件交差点で右折して北行する車両を考慮すれば、さらに短かくなる。)のであつて、東西車両用信号の現示配分は、普通の速度による歩行横断に約二〇秒を要する本件横断歩道における故障滅灯中の東西歩行者用信号にかわるものとしては、不適切、危険なものであるというほかはない。

3  なお、本件横断歩道の中央北側に接着する中央分離帯の南端部分には、約二メートルにわたる平担な島状をなした部分があるが、そこには防禦壁も安全地帯としての表示もなく、しかも、幅員僅か一メートルくらいの右部分の両側を大型車を含む多数の車両が通過することを考えると、歩行者に対し、そのような場所に長時間(実況見分時の東西車両用信号の赤色表示時間からすれば、約二分間は止まらなければならないことになる。)危険を回避することを要求しうることを前提として、東西車両用信号によつても本件横断歩道における歩行者の安全な横断の機会が確保されていたということはできないところである。そして、他に、これが確保されていたというに足りる特段の事情は見当らない。

以上述べたところからすれば、本件事故当時本件交差点において歩行者用信号機がすべて故障滅灯していたことに関しては、信号機の管理に瑕疵があつたものといわなければならない。

五次に、右三で述べたところから、右一、一で認定した事実に基づいて、本件事故と右信号機の管理の瑕疵との間に困果関係があるか否かについて考察する。

1  本件横断歩道のようにかなり幅員も広く車両の交通量も多い車道を横断するための横断歩道の歩行者は、歩行者用信号機が故障滅灯していれば車両用信号の現示を確認しこれに従つて横断を開始するのが通常であると考えられ、また、それが青色を表示しているかぎりその後どの程度の時間でそれが黄色に変るかなどということには思いをいたすことなく不用意に横断を開始することがあるのはともかく、現に対面の車両用信号が黄色もしくは赤色を表示しているのに敢えて横断を開始するということは、通常は考えがたいところであるから、前後の事情から説明することのできないような矛盾が生ずることのないかぎり、本件事故の際の文子も、対面の車両用信号の表示が青色であることを確認して本件横断歩道の東から西への横断を開始したものと推認するのが相当である。

2  ところで、山下は、①地点から②地点まで約三〇メートルを時速約三〇キロメートルで進行しているから、この間の所要時間は約3.6秒であり、さらに②地点から③地点まで約26.4メートル進行する間の事故車の平均速度は時速約二五キロメートル程度、この間の所要時間は約3.8秒と考えられるから、山下が南北車両用信号の青色を確認してから約7.4秒後に本件事故が発生したものと推認される。したがつて、山下が①地点において南北車両用信号を確認した直前にこれが赤色から青色に変つたものと仮定すれば、東西車両用信号は、それより二秒前に赤色に、六秒前に黄色に変つていたはずであるから、東西車両用信号は、少なくとも本件事故の約9.4秒前には赤色を、約13.4秒前には黄色を、表示していたことになる。

他方、文子の歩行速度が通常の歩行者よりも劣つていたことを認めるに足りる証拠はないから、文子が本件横断歩道の東端から地点まで約19.2メートルを普通の歩行速度、すなわち、秒速約1.1メートルで進行したものと仮定すると、この間の所要時間は17.5秒弱となる。

そうすると、文子の横断開始後約4.1秒で対面の車両用信号は黄色に変つたことになり、その時同女は本件横断歩道の東端から約4.5メートル西に進行した地点にいたことになる。

3  もつとも、右は二つの仮定に基づく可能性にすぎないものであるところ、(1)証人山下平吉の証言によると、同人が本件交差点の南北車両用信号を見たときには、それは既に青色であつたというのであり、同人は、それが赤色から青色に変つたことを確認しているわけではないことが明らかであるから、右信号が青色に変つてから山下が①地点で右信号の青色であることを確認するまでにはなお若干の時間が経過しているものと考えられること、また、(2)さきに認定したところからすれば、山下が②地点から③地点まで進行する約3.8秒の間に文子は地点から地点まで約6.2メートル進行したことになり、その間の歩行速度は平均秒速1.6メートル強であつたことになるのであつて、地点の位置関係が、文子の動静に十分の注意をしていたわけではない山下の視認のみが根拠であるところから、(③)地点ほど確実なものとみることはできないものであるにしても、横断の途中で信号が黄色ないし赤色に変れば(接近する車両があればなおさら)歩行者は通常歩行速度を早めるものと考えられることを考慮すれば、文子の横断歩行の平均速度は秒速1.1メートルよりはかなり早かつたのではないかと思われること、の二点を考えると、右文子が横断を開始してから対面の車両用信号が黄色に変るまでの時間は、①地点と②地点との間の距離および①地点から③地点にいたる加害車の走行速度にも若干不確実な点がないではないことを考慮に入れても、なお、4.1秒より相当程度短かかつたものとみるのが妥当である。

4  以上述べたところから明らかなように、本件事故の際、文子は東西車両用信号が青色であることを確認して本件横断歩道の横断を開始したものであるとの推認はくつがえらないにしても、その横断開始直後に対面の車両用信号が黄色に変つたものとみるのが妥当な情況にあり、また、そうでないとしても、右変つた時点では、文子は、本件横断歩道上、中央分離帯をはさんで合計六車線を有する南北道路の、せいぜい東側歩道に接する一車線(の南方)を渡り切つたかどうかというところあたりまで進行していたにとどまるものと見ざるをえないのであつて、文子が右信号の変化に従つてその地点からもとに引き返していれば、対面の信号が黄色および赤色を表示している六秒の間に極めて安全かつ容易に本件横断歩道東端まで戻ることができたと考えられる。結局、文子は、東西車両用信号の表示に従つて通常あるべき行動をとつてさえいれば、本件事故に遭遇する危険はなかつたのである。

以上述べたところからすれば、本件事故と前記信号機の管理の瑕疵との間には、因果関係はないものといわなければならない。

六そうすると、右因果関係の存することを前提とする原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(富澤達 大田朝章 窪田もとむ)

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